倭寇(わこう)とは、一般的には13世紀から16世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸の沿岸部や一部内陸、及び東アジア諸地域において活動した海賊、私貿易、密貿易を行う貿易商人に対する中国・朝鮮側での蔑称[1]。和寇と表記される場合もある。また海乱鬼(かいらぎ)、八幡(ばはん)とも呼ばれる。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no81_04.pdf
#3:
#4:
https://libir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/pdf/JOS-KJ00000557665.pdf
http://nagasaki-bunkanet.jp/wp-content/uploads/2015/03/国境の島%E3%80%80冊子.pdf
p117
『高麗史』は15世紀中ごろ朝鮮王朝時代
に編纂されたもので、史料批判は必要です。
朝鮮王朝に都合が悪い史料は採用されてい
ませんし、中華思想と朱子学史観の下
もと
での
編纂ですから、すべてが史実というわけでは
ありません。それでも『三国史記』や『日本
書紀』に比べて格段に信
しんぴょうせい
憑性は高い史料で
す。そこから「倭寇」関係記事をあげてみま
しょう。
箕子朝鮮(きしちょうせん、紀元前12世紀?[2] - 紀元前194年)は、中国の殷に出自を持つ[3]箕子が建国した朝鮮の古代国家[注釈 1]。古朝鮮の一つ。首都は王険城(現在の平壌)。『三国志』「魏志」東夷伝 辰韓条、『魏略』逸文などに具体的な記述があり、考古学的発見からは、箕の姓を持つ人々が殷朝から周朝にかけて中国北部に住んでおり、殷朝から周朝への時代変化とともに満州、朝鮮へと移住した可能性が指摘されている[4]。