tas-net-2の日記

自動車整備、修理対応

木簡:年代:月生(つきたちて):石碑:広開土王碑:

 

 

 

 

 

 

空白の4世紀[編集]

中国の歴史文献において266年から413年にかけての倭国に関する記述がなく、ヤマト王権の成立過程などが把握できないため、日本において「空白の4世紀」とも呼ばれている

https://ja.wikipedia.org/wiki/4世紀

 

 

 

 

古い木簡事例

 

https://repository.nabunken.go.jp/dspace/handle/11177/5795

タイトル:  004 新発見の木簡-7世紀に遡る最古級の伝世品-東京国立博物館で初公開

 

月生十五日

https://repository.nabunken.go.jp/dspace/bitstream/11177/5795/1/20160722_new_mokkan.pdf

この木簡が7世紀に遡ることの根拠として重要

 

とある。

ここでも、或る種の資料を参照しているらしいので、再度検証できるなら

ここに参照しているすべてを各自でもお願いしておきたい。

 

 

 

http://inoues.net/study/mokkan.html

では以下の年代とみられる木簡を紹介

 

685~701年と

 

 

ここのURLで紹介の万葉集の14/3459

稲春(ま)けば   皸?(かか)る(あ)が手を 今宵もか 殿の稚子(わかご)が

取りて嘆かむ

 

と書かれているが、他では以下などとも。

 

皸(クン:ひび、あかぎれ

 

https://art-tags.net/manyo/flower/ine.html

3459: 稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ

 

http://c-able.ne.jp/~y_mura/manyou/man014.html

#[番号]14/3459
#[題詞]
#[原文]伊祢都氣波 可加流安我<手>乎 許余比毛可 等能乃和久胡我 等里弖奈氣可武
#[訓読]稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ
#[仮名],いねつけば,かかるあがてを,こよひもか,とののわくごが,とりてなげかむ
#[左注]
#[校異]手 [西(上書訂正)][元][類][紀]
#[KW],東歌,相聞,女歌,作業歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]稲をつくのであかぎれできれた自分の手を今夜もだろうか。殿の若様が取って嘆くだろうか。
#{語釈]
かかる  あかぎれがきれる

#[説明]
#[関連論文]

 

 

 

 

https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2015/12/20151215.html

古代の木簡でよく使われた漢字

管理者 (2015年12月15日 09:00)

 

 

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/2955/

月生(つきたちて)

 

これが何故7世紀にさかのぼる最古級の伝世品だと判明したか?
それは、発見された木簡に「月生(つきたちて)」という、7世紀の資料にしか見られない日付を記す際の特殊な用語が書かれていたからだ。そのほかの木簡には、漢文の長詩である「千字文」の習書や尼僧の名前、塩などの売買記録が記されている。7世紀末の寺院において、物品管理や漢字漢文の学習など広く木簡が使われていたことがうかがえる。古代の法隆寺を考えるうえで非常に貴重な資料といえるだろう。

 

 


近江に おけ る文 字 文 化 の 受 容 と渡 来 人 - 国立歴史民俗 ...

大橋信弥 著2015 — 近江出土の古代木簡でもっとも古い、大津市北大津遺跡出土の﹁音義木簡﹂が和訓 ... 隠の名もみえる。こうした漢人については、 ... 塩の売買に関わる記録とみられる

 

 

 

 

最古の万葉仮名文、7世紀半ばの木簡に 成立30年早まる

https://www.asahi.com › kiji › kiji › TKY200610200258
2006/10/20 — 東野治之・奈良大教授(日本古代史)の話 万葉仮名文が7世紀半ば、すでに使われていたと確定できた意味は大きい。柿本人麻呂が天武朝(672~686年 ...

 

 

 


長屋王家の消費と流通経済労男編成と貨幣・物価を中心に ...

櫛木謙周2002 — ところで、長屋王家では片岡・大庭からの蔬菜の運上にも駄が用いら. れている。片岡からの進上木簡では、駄のほかに、「持丁」「持人」の名. を記すものも多
 
 
 
 
奈良時代の木簡と人面土器

17419_1_平城京左京八条三坊発掘調査概報.pdf - 全国遺跡報告 ...

 

 

 

https://sitereports.nabunken.go.jp › files › attach

以前とその後の堆積層の二層に大きくわかれる。上層砂. 層の下部および下層砂層からは木簡をはじめとして木製. 遺物、土器、金属器などの多量の遺物が出上した。
 
 
 
石碑
 
広開土王碑
 
p28/224
2 ヤマト政権軍の半島出兵
 
 
 
 
 
 
 
 
 
高句麗広開土王碑は改竄されたか
 
 
 
 
 
391:辛卯年
 
414:甲寅年
 
396:六年丙申
398:八年戊戌
399:九年己亥
400:十年庚子
404:十四年甲辰
407:十七年丁未
410:廿年庚戌
 
 
  • 396年 - 高句麗の談徳(広開土境好太王)が百済を攻め、その北部を領土とし、城下の誓いをさせる(広開土王碑)。
 
 
399年
  • 百済が3年前の誓いに背き、倭と連合して新羅に侵入したため、新羅高句麗に援助を求める(広開土王碑)。
 
 
404年
 
 
 
 
1145年高麗王朝時代に完成
 

 

倭:古代史考察者LIST:

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/倭国

 

倭の解釈で、少なくても紀元前内容は

 

以下の見解もある。

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entrylist-5.html

No 2:紀元前に古代日本は「倭」と呼ばれていなかった 

2020年09月09日

 

 

 

http://kanji-database.sourceforge.net/dict/swjz/v15a.html

 

https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ho04/ho04_00029/index.html

説文解字の纂:李承緒 説文解字の校:黎永椿ほか 説文解字の覆校:王国瑞ほか 説文解字の校刊:陳昌治 序:陳澧ほか
序題:新刻説文解字附通検,孫氏重刊宋本説文 説文解字の版心書名:説文
破損あり
唐装
印記:支那銭恂所有
銭恂旧蔵

 

 

 

https://kanjibunka.com/kikan/chinese/kikan-3564/

説文解字(せつもんかいじ)

http://hccweb6.bai.ne.jp/~hgd17901/hirorinhp/1%20kanji/1%20ronkou/setumonkijijorejume.pdf

 

http://qiyuan.chaziwang.com/etymology-18246.html

 

http://www.eonet.ne.jp/~temb/3/kanji.htm

漢字の起源(白川静氏を買わない理由)

 

 

 

 

古代史考察者LIST:

村上俊介:2016.08: 古代日本史における「史観」の変遷、百舌鳥・古市古墳群を歩いて

http://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/PDF/160820-geppo637,638/smr637-murakami.pdf

 

鈴木武樹,p59,p64,p65,p74,p75

井上光貞,p60,65

近藤義郎,p61,p75

抜歯習慣

小林行雄,p62,p75

土生田純之,p62,p70,p75

金達寿,p63,p74,p75

家永三郎,p64,p65

原田三朗,p64,p75

井上光貞,p65

李進熙、,p65

井上秀雄,p65

佐原真 ,p66

直木孝次郎,p66,p75

平野邦雄,p67,p75

吉田晶,p67,p75

梶村秀樹,67,p75

村道雄,p67

熊谷公男,p68,p75

設楽博己,p68,p72,p75

中橋孝博,p69,p75

田中史生,p69,p72,p75

吉井秀夫,p69,p75

石川日出志,70

吉村武彦,p71,p75

吉川真司,p71,p75

岩永省三,p72

丸山裕美子,p73,p75

菱田哲郎,p74,p75

 

上田正昭,p74

佐原真,p75

寺沢薫,p75

藤間生大,p75

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍼灸銅人

鍼灸銅人

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/宋_(王朝)

鍼灸銅人とは人体模型に鍼灸のツボの位置を記したものである。仁宗天聖4年(1026年)、

 

韓国の映画(タイトル未確認)で似たようなものを見かけた。そこでは、針を適切に刺すと水銀が流れ出るような説明がされていた。

 

 

14. 日本古代史をとりまく謎:オノマトペ(仏:onomatopee):擬音:

 

 

14. 日本古代史をとりまく謎

http://inoues.net/index.html

 

1.消えた縄文人
2.神々の降臨
3.「三種の神器」って何? 何処にある?
4.出雲王国は実在したか?
5.日本人はなぜ日本語を話す
6.徐福伝説のいろいろ
7.騎馬民族は日本を征服したか?
8.継体天皇はどこから来た?
9.謎の古代スーパーマン役行者
10.「古代出雲大社」建造の謎
11.「狗奴国」はどこへ消えたか?
12.「黒歯国」「侏儒国」はほんとにあったか?
13.三角縁神獣鏡の謎
14.銅鐸の謎


 

 

 

 

5.日本人はなぜ日本語を話す実は、この謎、「なぜ今日本人は日本語を話しているのか?」を追求すべく、この半年日本語関係の本を読みあさっている。
	しかし一向に考えがまとまらない。読めば読むほどわからなくなってくる。日本語の起源、これ又「邪馬台国問題」同様学
	者によって千差万別の意見がある。北方から来た、いや南方からだ。北と南の混合言語である。日本語のオリジナルは韓国
	語にある、いや中国語である。
	どの言語の体系にも属さない特殊な言語である、等々。日本語の研究は、今なお多くの研究者達によってその分析が行われ
	ており市井の研究者も大勢いる。その研究内容は多岐に渡っており、とても一介の歴史マニアがにわかに全貌を把握できる
	ようなものではない。

	そこで誠に不本意ながら、このホームページはしばらく製作を中断したい。この「謎」を自分なりに解き明かすにはもっと
	もっと多くの時間が必要だと痛感している。したがって、ここは問題提起のみに留めて、しばらくこのままにしておきたい。
	何時の日か、完成に到達する事を願いながら、また、予告して期待していただいた方々には誠に申し訳ないが、一旦休筆と
	したい。  平成12年8月19日。

 

 

2.神々の降臨

 

 

f:id:TAS-net:20211127131248p:plain

http://inoues.net/mystery/gods.html

 

このHPの画像の幾つかは、http://home4.highway.ne.jp/koiduka/the%20second.htmの「時のふし穴」さんから拝借しました。付記して謝意を表します。

 

 

 

 

以下は

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entrylist.html

 日本古代史、百の虚偽と時事随想

 

の目次と若干の引用です。

詳細は元URLを熟読下さい。受け止めは本人の認識でお願いします。

 

当方も、過去の伝聞で曖昧な認識で、多くの混乱が生じてます。

本質、真実は1つだが、そこに、現在中国の洗脳教育と類似した

思惑に支配されたものが、その混乱の要因なのかも。

 

 

 

 

 

 

 

No1:『記紀』は歴史書ではなく物語(フィクション)である 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12623588835.html?frm=theme

No 2:紀元前に古代日本は「倭」と呼ばれていなかった 

 

 ですから、具体的には、紀元三世紀頃には古代日本というのが古代中国人や史書で「倭」とされるようになったということです。特に、陳寿の『三国志』「東夷伝」によって古代中国では倭=古代日本という定義が定着していくのです。ちなみに、参考ですが、紀元前の古代中国資料である『山海経』や『淮南子』においては古代日本などの東方地域については伝説的なこととして「扶桑、扶桑国」ともされていました。

 

 

 

 

 

No 3:「倭」という文字は儒教関連から生まれ気高い意味がある

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12624575266.html?frm=theme

No5:通説になりつつある「倭族論」は全くの誤解で虚偽 

 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12624779516.html?frm=theme

No6:古代朝鮮半島からの大量の渡来人説は嘘(実は逆) 

 

①日本列島では六千年前には陸稲栽培があり、縄文時代、約三千年前にはすでに水田稲作が行われていたとされる。

[続きは、引用先へ]

 

②『稲作の起源』(池橋宏著 講談社)によれば、稲はDNAの調査から遺伝子的にみて基本的に八種類の変形版(変形種)が存在するが、古代から現在まで日本に存在した水稲ジャポニカという変形版は遺伝子的にみて朝鮮半島には存在していない。

 

[続きは、引用先へ]

 

③伝播ルートであるが、中国大陸の北方や朝鮮半島北部は亜寒帯で米の生産は不向きで南方から陸伝いに米の生産が伝わったのは相当に遅く紀元後(漢の時代でさえも北方は遊牧的な民族しかおらず定置的な米生産など無かった。

 

[続きは、引用先へ]

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12625257015.html?frm=theme

No7:古代日本の「倭」の発音は「ワ)では無かった(初めは「イ」)

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12640027762.html?frm=theme

No8:百済は四世紀に朝鮮半島に存在していなかった 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12640455686.html?frm=theme

No9:有名な遺物『広開土王碑』は百済の事など全く語っていない 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12642275611.html?frm=theme

No10:前方後円墳には天皇など葬られていない 

 

 

この可能性については文春新書『「馬」が動かした日本史』蒲池明弘著があります。

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12642367326.html?frm=theme

No11:倭国の白村江の戦いは無かった(『日本書紀』記述はフィクション)

 

 しかし、古代中国史料においては、この戦は大きいものでは無かったし、倭軍はほとんど戦っていない。『旧唐書』においては、倭(北九州勢力)が唐とまともに戦ったという記録はないのだ。ここではやや余談的になるが、『日本書紀』の問題点を見てみたい。

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12642625196.html?frm=theme

No12 :『山海経』は古代日本の事など全く語っていない 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12642647919.html?frm=theme

No 13:『漢書』は古代日本など全く語っていない 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12642763644.html?frm=theme

随想: 韓国や中国における歴史に関する歪曲や虚偽捏造について

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12642959879.html?frm=theme

No 14:日本列島は紀元前には「倭」と呼ばれていなかった  

 

①「蓋國在鉅燕南倭北倭屬燕 朝鮮在列陽東海北山南」(『山海経』)、

②「樂浪海中有倭人 分爲百餘國 以歳時來獻見雲」(『漢書』)、

③「周時天下太平 越裳獻白雉 倭人貢鬯艸 」(『論衡』)

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12643151706.html?frm=theme

NO15:通説化した倭族論(中国全土などに倭人がいた)は全くの誤解  

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12643383739.html?frm=theme

No16:孔子は航海(SeaやOceanの旅)などしなかった①  

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12643389404.html?frm=theme

No17:中国と日本の『論語』解釈の虚偽①

 

  まず、孔子が生きていた時代の「無所取材」という文の「所」という漢字の意味は、後漢時代初に成立した辞典『説文解字』には「所:伐木聲也。从斤戶聲。《詩》曰:伐木所所。」とあり、「木を伐採する音、声」とある。

  実は、孔子の時代では「所」という文字は現在の言語学の定義で言うならば、擬声語としても使われていたのである。例えば「所」という文字は当時の発音は不明だが「トントンやコンコン」というような擬声語だったということである。

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12643964736.html?frm=theme

NO18:范曄の『後漢書』「倭伝」は新しい事実はない    

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12644425857.html?frm=theme

NO19:古代中国資料の「山川」という文句の誤解① 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12644438012.html?frm=theme

NO20:中国と日本の『論語』解釈の虚偽 ② 「川上の嘆」について  

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12644520766.html?frm=theme

NO21:北九州で発見された金印は国宝に値しない偽物  

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12644527293.html?frm=theme

NO22:大伴家持の歌「海ゆかば・・・」は誤解(『万葉集』の現代語訳の誤解について) 

 

http://c-able.ne.jp/~y_mura/manyou/man018.html

18-4094

#[番号]18/4094
#[題詞]賀陸奥國出金詔書歌一首[并短歌]
#[原文]葦原能 美豆保國乎 安麻久太利 之良志賣之家流 須賣呂伎能 神乃美許等能 御代可佐祢 天乃日<嗣>等 之良志久流 伎美能御代々々 之伎麻世流 四方國尓波 山河乎 比呂美安都美等 多弖麻都流 御調寶波 可蘇倍衣受 都久之毛可祢都 之加礼騰母 吾大王<乃> 毛呂比登乎 伊射奈比多麻比 善事乎 波自米多麻比弖 久我祢可毛 <多>之氣久安良牟登 於母保之弖 之多奈夜麻須尓 鶏鳴 東國<乃> 美知能久乃 小田在山尓 金有等 麻宇之多麻敝礼 御心乎 安吉良米多麻比 天地乃 神安比宇豆奈比 皇御祖乃 御霊多須氣弖 遠代尓 可々里之許登乎 朕御世尓 安良波之弖安礼婆 御食國波 左可延牟物能等 可牟奈我良 於毛保之賣之弖 毛能乃布能 八十伴雄乎 麻都呂倍乃 牟氣乃麻尓々々 老人毛 女童兒毛 之我願 心太良比尓 撫賜 治賜婆 許己乎之母 安夜尓多敷刀美 宇礼之家久 伊余与於母比弖 大伴<乃> 遠都神祖乃 其名乎婆 大来目主<等> 於比母知弖 都加倍之官 海行者 美都久屍 山行者 草牟須屍 大皇乃 敝尓許曽死米 可敝里見波 勢自等許等太弖 大夫乃 伎欲吉彼名乎 伊尓之敝欲 伊麻乃乎追通尓 奈我佐敝流 於夜<乃>子等毛曽 大伴等 佐伯乃氏者 人祖乃 立流辞立 人子者 祖名不絶 大君尓 麻都呂布物能等 伊比都雅流 許等能都可左曽 梓弓 手尓等里母知弖 劔大刀 許之尓等里波伎 安佐麻毛利 由布能麻毛利<尓> 大王<乃> 三門乃麻毛利 和礼乎於吉<弖> 比等波安良自等 伊夜多氐 於毛比之麻左流 大皇乃 御言能左吉乃 [一云 乎] 聞者貴美 [一云 貴久之安礼婆]

 

#[左注](天平感寶元年五月十二日於越中國守舘大伴宿祢家持作之)

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12644540525.html?frm=theme

NO23:『古事記』の海幸彦は河川敷の人間だった 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12644966030.html?frm=theme

NO24:「水」という文字で邪馬台国の場所は判る

 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12645696684.html?frm=theme

随想:  コロナ事件とは結果的に「中国政府の仕掛けた生物兵器戦争」のようなもの

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12646054971.html?frm=theme

随想: コロナ事件と『三国志』「赤壁の戦い」の類似性

 

 

 

随想:日本の天皇の存在は宗教のようなもの

 

 

 

 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12658369676.html?frm=theme

NO30:古代日本は百済の影響は小さい(朝鮮半島の百済はわずか200年弱の歴史)

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12659256998.html?frm=theme

雑:NHKネーミングバラエティ放送「長野県に海という名がついた地名が多い」の真実について

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12660286534.html?frm=theme

NO31 大和王権の成立は実は八世紀初(元号が示す大和王権の虚偽と真実)

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12663465774.html?frm=theme

NO32:六世紀の近畿地方は野蛮で毛人の国だった

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12664418022.html?frm=theme

『邪馬台国連絡評議会』という奇妙な組織

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12665173637.html?frm=theme

「誕生 ヤマト王権〜いま前方後円墳が語り出す〜」というNHKの番組は偏向番組

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12665978336.html?frm=theme

NO33 「倭国は朝鮮半島南部を支配していた」『宋書』記述は事実(東京スポーツの面白い記事)

 

宋書倭国

http://classic.music.coocan.jp/_book/furuta/soujo.htm

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12668481826.html?frm=theme

NO34 四世紀の朝鮮半島は無法地帯で倭国が侵入

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12670597489.html?frm=theme

NO35 出雲大社は実は龍神を祭っていた

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12671404214.html?frm=theme

NO36 卑弥呼時代の男子すべてが黥面文身をしていたは誤解

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12674282415.html?frm=theme

NO37 神武天皇や神功皇后は大和王権ではないのは地勢で分かる

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12675048947.html?frm=theme

 韓国には暗黒の世界が待っている!

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12675906394.html?frm=theme

NO38 『日本書紀』の天智や天武天皇の話は殆ど嘘なのは地勢で分かる

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12677851717.html?frm=theme

NO39 雄略天皇は考古学的に証明などされていない

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12678282186.html?frm=theme

NO40 『日本書紀』の遣唐使記述は虚偽だらけ(天智や天武は大和王権ではない)

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12678662201.html?frm=theme

文化の創生で日本と中国や韓国との違い(付記:人類の未来)

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12679477416.html?frm=theme

宗教というのは「人類の最も原始的な文化」で現代には必要ない

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12679540658.html?frm=theme

ウイグル問題と宗教(中国の批判だけでは問題がある)

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12680649662.html?frm=theme

NO41 『日本書紀』が史書でないのは蘇我氏の名前でよく判る

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12688742062.html?frm=theme

NO 42  『宋書』倭伝記述の武王は中国地方や四国地方、近畿地方の一部を征討した

 

 「お読み下さりありがとうございます。ご指摘の点ですが、

 ①、貴方の述べているのは8世紀に成立したとされる『記紀』記述から「武王のころに毛野の国は上毛野と下毛野の二つの国に分けられています」と述べておりますが、これはあくまでも国の名前ではありまして毛人と関連付けるのは問題です。
 ②、それに、『宋書』などの古代中国史料より全く信頼性のない『記紀』ですが、東部の人間について大和王権は正式には「東夷」または「蝦夷」とだけ述べており毛人という文句は使っていないと思いますので、貴方の推測は妥当ではありません。

 

 ③ それから、宋書を継いでいる『梁書』は、近畿地方を毛人の国と述べているのですから、それよりも前の『宋書』の倭の武王は関東地方などでは無く中国地方や四国地方近畿地方の一部くらいまでを征討したのです。(中島氏の本を良く読んでくだされたら幸いです)。


 ④、それから、『記紀』は信頼性は無いですが、それでも、信州地域を征討したのは七世紀の阿曇 比羅夫 (あずみ の ひらふ)の時代ですので、五世紀に大和王権は関東地域は征討など出来ていません。


 ⑤、それに、五世紀の関東地方はまだ湿地帯が多く人が少なく征討をするような人たちなどは居りませんでした。当時、人が多かったのは実は東北地方でした。ですから、八世紀になって、大和王権は東北地方の東夷、蝦夷に対して征討をし始めるのです。但し、東北地方を征討するにも八世紀以降ですから、五世紀に大和王権が関東を征討など、全くあり得ません。

 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12690870428.html

NO 43 日本の考古学が語る年代は虚偽が多い(戦後の考古学は皇国史観が前提で問題)

 

旧石器遺物の捏造事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/旧石器捏造事件

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12690870428.html

特に問題なのは、遺物に記述されている年代というのは、当時は干支で記述されていて、具体的な年代は記述されておらず、常に60年の開きがあるものですので、例えば、木簡に記述されている干支の年代は考古学では西暦何年などと定義していますが、これは『記紀』で類推した年代で、全く信憑性はないのだ。それを我々は疑いもなく信じてしまうが、実際の年代は、その年代よりも60年、120年前かもしれないし、60年後、120年後かもしれないのだ。

 

 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12691844825.html

NO45 日本考古学の低俗さ①:稲荷山古墳の年代は虚偽

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12700260320.html

 今、先史時代の古代日本史をやっているのは、学会などでは無く、市井の団体くらいで、それも老人クラブのような会である。邪馬台国の会や古田史学の会、邪馬台国連絡評議会などが主であるが、これらは全て老人クラブのようなもである。

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12704517154.html

現代中国の歴史学は『三国志』東夷伝が良く理解できないようだ

 

 

 

 

 

 

https://ameblo.jp/kokomadekitaka3/entry-12712627882.html

  ですから、例えば、戦前戦後の考古学の分野では三から五世紀頃までは鉄製の物などの出土は圧倒的に九州地域を中心とし、近畿地方にはほとんど出ないことや、土器にしても水田耕作などにしても、五世紀頃までは九州地域の方が近畿地方などよりかなり進んでいたことなどが明確にされて、五世紀頃までは九州地域の文化程度は近畿地方を圧倒していた事は考古学の常識にもなっていたのだ。

 

 

遺跡:遺構:構築方位:indian_circle:万葉集:巻第7:

遺跡:遺構:構築方位:万葉集:巻第7:

 

 

纏向遺跡の建物遺構は太陽神殿か?・その3

2017-07-10 08:55:52 | 古代と中世

https://blog.goo.ne.jp/mash1125/e/0a138e5a8825b7d03a5c56df7e7630fd

 

 

 

 

 indian_circle
古代の南北決定

棒のつくる太陽 の影を, 午前と午後に, 同じ影長になったとき投影面 に記録すれば, その2点を結んで東西の, そしてそれ に垂直に南北の方位が定まる (図1)。 これをインディアンサークル法とよんでいる。

indian_circle:

https://core.ac.uk/download/pdf/233919243.pdf

万葉集 巻第7

http://c-able.ne.jp/~y_mura/manyou/man007.html

 

#[番号]07/1118
#[題詞]詠葉
#[原文]古尓 有險人母 如吾等架 弥和乃桧原尓 挿頭折兼
#[訓読]いにしへにありけむ人も我がごとか三輪の桧原にかざし折りけむ
#[仮名],いにしへに,ありけむひとも,わがごとか,みわのひはらに,かざしをりけむ
#[左注](右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,三輪山,奈良,非略体,地名,悲嘆
#[訓異]
#[大意]昔いた人も自分のように三輪の桧原で頭にかざして折ったのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


 

#[番号]07/1119

#[題詞](詠葉)
#[原文]徃川之 過去人之 手不折者 裏觸立 三和之桧原者
#[訓読]行く川の過ぎにし人の手折らねばうらぶれ立てり三輪の桧原は
#[仮名],ゆくかはの,すぎにしひとの,たをらねば,うらぶれたてり,みわのひはらは
#[左注]右二首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌
#[鄣W],雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,三輪山,奈良,非略体,地名,悲嘆
#[訓異]
#[大意]流れ行く川のように亡くなってしまった人が手折らないのでしょんぼりとして立っていることだ。三輪の桧原は。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]

 

 

 

 

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2019/09/post-b73b56.html

2019年9月24日 (火)

岸の上遺跡に「方位の考古学」を適用すると・・・

 

 

 

 

北鑑:kitakagami:きたかがみ:荒吐:アラハバキ:

北鑑:kitakagami:きたかがみ:

http://kitakagami.seisaku.bz

 

 

・・・古代の事なれば後世に改む数印は

ひふみよゑ

むなやこと

そもちよお

(記号の変化を以下に記す、上記はそれにふられたかな

http://kitakagami.seisaku.bz/images/k07-04.jpg

 

 

 

是れ荒覇吐神社由来なり。

http://kitakagami.seisaku.bz/images/k13-02.jpg

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/遮光器土偶

何処かの埴輪に面影が

 

 

https://iush.jp/uploads/files/20191119162225.pdf


和田家文書のスキタイ・ゲルマンについて 昭島市 西坂 久和 1

https://iush.jp › uploads › files
2019/11/19 — なきは、わが丑寅日本国までも流習せり。 馬の渡れるは、丑寅日本国が馬産の始めなり。産金貢馬の要因は、スキタイ民族の伝統.
5 ページ

 

https://mkana777jp.hatenablog.com/entry/2018/12/28/154024

 

https://minsyu-rikken-jiyuu.webnode.jp/日本書紀の窓から2/

シナマンダの木?

 

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jinnavib/83/0/83_KJ00004996721/_pdf

 

 

http://kitakagami.seisaku.bz

http://kitakagami.seisaku.bz/kitakagami_emaki_05.html

 

 

日本思想史学会(岡山大学)大会
      柳田民俗学批判 ― 歴史の欠落をめぐって ― 
          報告要旨         2010年10月17日 古田武彦

http://www.furutasigaku.jp/efuruta/notes.html

 

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/アラハバキ

アラハバキ神の祠がある神社は全国に見られるが、その中には客人神(門客神)としてまつられている例が多い。客人神については、「元々は主神だったのが、客人(まれびと、まろうど)の神(≒ 地主神)に主客転倒したもの」という説がある。

古史『東日流外三郡誌』の影響により、遮光器土偶のイメージとして世間には広まっている。そのため、起源は縄文時代といわれることが多いが、縄文系の子孫であるところの蝦夷(エミシ)の神だったともよくいわれる。

東日流外三郡誌』以前の認識[編集]

「荒脛巾神」という文字から、脛(はぎ)に佩く「脛巾(はばき)」の神と捉えられ、神像に草で編んだ脛巾が取り付けられる信仰がある。多賀城市の荒脛巾神社で祀られる「おきゃくさん」は足の神として、旅人から崇拝され、脚絆等を奉げられていたが[1]、後に「下半身全般」を癒すとされ、男根をかたどった物も奉げられた。神仏分離以降は「脛」の字から長脛彦を祀るともされた。

 


偽史・オカルト・歴史実践 - 立教大学学術リポジトリ

史苑,81(2),1-8 (2021-03). pdf ... 明『日本の偽書』(河出書房新社、二〇一九年) 藤原明『偽書東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』の亡霊 : 荒吐(あらはばき)の ...
 
 

14 研究ノート「アラハバキ考」 菊地栄吾

https://iush.jp › uploads › files
2018/11/14 — 太田文雄氏によると、「荒吐の表音は、アラバキ、アラブキ、アラハバキ、アラハブキ、. アラフブキなどがあり、後にアラハバキが共通化したようで ...

https://iush.jp/uploads/files/20181115163949.pdf

 

 

弥彦神社探訪(1)、トランプ大統領苦戦(田中宇ブログ)

 

 

 

函館・高龍寺と青森恐山

 

 

https://thmtomo.up.seesaa.net/pdf/News20.pdf

荒脛巾神社

荒吐族:あらばきぞく

荒脛巾族:あらはばきぞく