よみがえる古代の大和「謎の五世紀-雄略天皇と埼玉稲荷山古墳の国宝・金錯銘鉄剣」:東京新聞 TOKYO Web
《銘文》
(表面)辛亥年七月中記、乎獲居臣、上祖名意富比垝、其児多加利足尼、其児名弖已加利獲居、其児名多加披次獲居、其児名多沙鬼獲居、其児名半弖比
(裏面)其児名加差披余、其児名乎獲居臣、世々為杖刀人首、奉事来至今、獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時、吾左治天下、令作此百練利刀、記吾奉事根原也
《銘文の現代語訳》
(表面)辛亥の年七月中に書きます。(私の名前は)ヲワケの臣。遠い先祖の名前はオホヒコ、その子(の名前)はタカリのスクネ、その子の名前はテヨカリワケ、その子の名前はタカヒシワケ、その子の名前はタサキワケ、その子の名前はハテヒ、
(裏面)その子の名前はカサヒヨ、その子の名前はオワケの臣です。先祖代々杖刀人首(大王の親衛隊長)として今に至るまでお仕えしてぎました。ワカタケル大王の朝廷(住まい)が、シキの宮におがれている時に、私は大王が天下を治めるのを助けました。何回もたたいて鍛えあげたよく切れる刀を作らせて、私と一族のこれまでの大王にお仕えした由緒を書き残しておくものです。
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2020年03月23日23:00 by 瓢箪虻